忙しい人ほどインプットこそ命

日々徒然

以前に書いた記事があります。

いま、まさしく僕が直面しているのが、この「インプットの量が足りなくなるかもしれない」という危機感です。

僕自身が以前に書いた記事に書いた記事というのは、時に未来の自分を励ますことがあります。

僕は以前のブログに「アウトプットなんて、簡単に尽きます」と書きました。
人と話す、ブログを書く、ということを通して感じていた学生時代の僕の焦燥感。

いまビジネスフィールドに立っている僕は、まさしく人としての器を問われる段階に入ってきたのだと思うのです。

なぜコンサルティング業は成り立つのか?

これも以前にどこかで書いたことがあるのですが、それはもう「世の中の多くの人が、勉強していないから」というのが答えです。

コンサルティング業を生業にしている人にも、2つの種類があります。

1つは、自分の過去の経験をアウトプットしている人。
もう1つは、自分の生き様そのものをアウトプットしている人です。

小さな違いのように見えて、実はこの2つは全く種類の異なるものです。

前者は賞味期限があるのに対し、後者は賞味期限はありません。

この2つに共通していることは、圧倒的に周囲の人たちよりもインプットをし、思考をするという習慣を持っています。
特に後者の場合はインプットがアウトプットの材料になり、アウトプットがインプットの材料になるという、生き様そのものがコンテンツであり価値になるわけですから、勉強しないわけがありません。

僕自身今、コンサルティング業を通して「アウトプットの対価として、フィーをもらう」という仕事をしていると、過去の蓄積なんていうのはあっという間に底をついてしまいます。

勉強をして、本を読み、人と語らい、自身と向き合う。
その時間を確保しなければ、言葉と知恵をアウトプットして対価をいただくなんてことは出来ません。

あらゆる理由を乗り越えてインプットの時間を確保する

僕はまだまだ「体験」をインプットとし、アウトプットにつなげるという思考を持っている方だと思います。

それでもなお、インプットの時間を確保しなければ、具体的には1人で本を読んで思考する時間を確保しなければ、僕のこれ以上の成長はないと思っています。

「成長」という言葉は微妙かもしれませんが、ようは「段違いに価値を生み出せるようになる」とか「桁違いに稼ぐようになる」ということに対しては、今の延長線にはない。そのことは自分自身が一番よくわかっています。

ありがたいことに、本業もチームメンバーを抱え、忙しくしています。
また、自分の事業も案件の数が増えて、1人で抱えきれなくなっている中、関わる人も増えてきています。

目の前の仕事を優先すると、どうしても「自分が稼働する」ことで品質を担保しようとするし、なによりも「最後は僕自身のアウトプットでどうにかする」という状態が続いています。

今この瞬間は良いかもしれない。確かに僕のアウトプットをし続ける戦略は、一時的には稼げるし、それ相応の気分の良さも味わえるかもしれません。

でも、今この忙しさにかまけてインプットと思考を怠ると、必ず数年後に後悔をするであろうと、僕自身の全身が訴えているわけです。

まさか、インプットの鬼だった僕が、こんなことを考えるようになるとは・・

もう、僕の思考も時間も、僕一人だけのものではないということです。
いまは責任を感じるようになってきました。

せっかく関わってくれる人たちがいるからこそ、今この瞬間以上に、未来のためにインプットの時間を確保しよう。

僕自身の決意表明も込めた記事でした。読んでくれてありがとう。