ほとんどの人には”やりたいこと”なんてないんだから・・
ここ最近、個人的な繋がりの中で紹介された大学生(就活生)と話をする機会が増えてきました。初めましての中での対話が多いです。
相も変わらず僕が勤める会社の新卒採用の面談官も毎週のように行っているので、毎週1〜2人ほどは大学生と進路や就職活動のことを話している計算になります。
メインの仕事とは異なる領域の中で、こうも大学生(就活生)と話す機会を社会人になっても持ち続けている人は、そう多くはないのではないでしょうか。笑
もう3年目が終わりますが、ほぼまる3年、続けてきたことになります。
就活関連の記事は今までもたくさん書いてきたのですが、また違った角度で今の僕が思うことを書ければと思いながらパソコンに向かっています。
ほとんどの人には「やりたいこと」なんてない
何百人という学生と対話を繰り返してきた中で思うことは、ほとんどの学生には「やりたいこと」なんてありません。
大人や社会人の中には「君が本当にやりたいことはなんなの?」とか言う人も多いですし、面接官の中には「彼・彼女は自分の軸がないからダメだ」という人も多いのですが、僕から言わせてもらうと、「そう言うあなたには、やりたいことや軸があるのですか?」と思うのです。
「いや、私にはやりたいことがある」と言う人であっても、それらが実は学生時代から思い描いていたものであることはほとんどなく、また、その「やりたいこと」は単に会社が課しているミッションを自分自身のやりたいことと置き換えて(ようは都合よく自己解釈して)言っているケースがほとんどです。
世の中では100人に1人くらいの割合で、これをやりたいという「to do型」の願望を持っている人がいますが、かなり稀です。少なくとも就活生の中で、明確な「to do」として自分自身の願望を思い描けている人は、1000人に1人くらいでしょうか。
多くの人の場合、将来を思い描いた時に考える状態というのは「to do型」ではなく「being型」です。「これがしたい」という「to do」ではなく、「こういう状態でありたい」という「being」ということです。
「自分の本当にやりたいことを見つける◯◯」というような情報がありふれた世の中ですが、大丈夫です。ほとんどの人には「本当にやりたいこと」なんてないし、なくても普通だし、仮にあるのであれば、きっともうすでにやっちゃっているのです。だって「本当にやりたいこと」なら、すでにやっているはずでしょう?
自分のありたい状態を想像してみる
「自分のやりたいことがわからない」という人は、例えば自分自身が30歳や35歳になった時に、どういう状態でありたいのか?を想像してみることです。そうすれば必然的に、自分がどういう20代を過ごした方がいいのか、過ごしたいのか、ということが見えてきます。
状態というのは2つあります。
1つは「自分の状態」で、もう1つは「環境の状態」です。
自分自身が適度に心地よく過ごすことができる状態であり、自分自身を信頼できる状態こそが重要になってきます。
多くの人にとって、何をするのかということはそこまで重要ではありません。
重要なことは何をするのかではなく、誰と過ごすのかとか、仕事が自分の心に嘘をつかなくて良い状態なのかとか、安心できる環境にあるのかとか、あるいは場合によっては適度に挑戦できる環境にあるのか、というようなことだからです。
そのために大事なことは、どの場所を自分自身が選択するのかということ。
このブログでは何度も書いていますが、結局は「どの立ち位置を選ぶのか」ということを徹底的に考えた方が、トータルで幸せになれる人が多いのだと思うのです。
時間の有限性を学生時代に体感できた人は強い
ちょっとレベルの高い話を書きますが、ほとんどの就活生は「なんとなく」で社会に出ていきます。考えているように見えてほとんど考えていないし、今の日本社会は、実際の世の中の仕組みを知り辛い構造になっていると思います。
また、そこまでして自分自身にベクトルを向けて深掘りをする人も少ないですから、ほとんどの人は「なんとなく」で会社を選び、なんとなく社会人になり、なんとなくで人生を終えていきます。そういうものなのです。
でも、1つだけ言えることがあるのであれば、学生時代に「時間の有限性」を知って社会の入り口に立つことができた人は、めちゃくちゃ強いです。
強いというのは、社会の荒波に飲まれることなく、自分自身の意思を持って、自分の人生を選択していける可能性が高いという意味での「強さ」です。
幼少期の環境要因や、親との関係性や、例えば学生時代のいじめや事故や病気や転勤族など、色々な要素が相まって「時間の有限性」を強く意識して生きている人がいます。
彼ら・彼女らに共通しているのは、「命はいつか終わる」という当たり前の事実を自分の中で腹落ちしているかどうかということで、今の状態が当たり前ではないということを知っています。
だからこそ、自分の人生に人一倍真剣になれるし、時間を費やすものや人をきちんと選ぶことができます。
例え就職活動が微妙で、今一つの状態で社会に出たとしても、時間の有限性を忘れない限り、必ずどこかで「あ、私の人生は、こういうものではない」と気づくことができます。
そして、そういう人は気づいたら必ず行動することができるのです。
僕は今、大学生(就活生)にメッセージを送るとするならば、できれば自分のコンフォートゾーン(快適な領域)を飛び出してみる経験をたくさん積んで欲しいと思う。
それは勉強でもいいし、海外旅行でもいいし、サークルでも塾講師でも漫画を読むでも、なんでもいいけれど、「これに打ち込んだな」とか「自分が決めてこれに時間を費やしたんだ」と思えるものを1つでもいいから作って欲しい。
そうすることできっと、命の断片である今この瞬間の時間を、自分自身がどのように使うのかということを考えるきっかけになるし、大人になって社会を眺めた時に、生きる意味が変わってくると思うのです。