別れ際に本性が出るよねと思った話

社会人3年目(大阪)

人は別れ際に本性が出るといいます。

例えば恋人と別れる時に「今までありがとう」というのか「あんなやつ・・」というのかでは全く違う。
それは何も恋人に限らず、友人、家族、親友、会社の同僚など、人生の別れと出会いの局面で数々と起こるものだと思っています。

今日、僕の会社の後輩が会社を辞めると、僕に伝えてきました。
聞けばちょっと前に決まっていたそうで、今いる大阪から東京へ勝負の場所を移すのだといいます。

僕のいる業界は、他の業界と比べるとわりと人材流動性が高い業界です。
要は、人の出入りが多い業界ということ。職種柄もあるかもしれません。
ちょうど今日も新たに1名、中途入社の先輩が入ってきました。
東京で1週間?2週間?ほど研修を受けて、今日から大阪に配属です。

こうやって、入ってくる人もいれば、出て行く人もいるのが会社組織というものです。
わかってはいますが、歓迎と同時に出て行く人がいるというのもまた、なんともいえない気もします。ちょっとだけね。

話を戻して、今の組織を去って行くという後輩に向けて贈る言葉は「卒業おめでとう!」しかないのです。
聞くと、次の職場はさらに挑戦の場所だという。これはもう「よかったね」という言葉以外ないのです。

「開口一番におめでとうと言ってくれたのは、ゆってぃさんだけですよ。笑」
と言われてしまいました。ありがたいのか?
じゃあ、他の人はどんな反応をしたんだ?と思いますけれども、笑

本気でそう思います。
(とはいえ、言ってくれる前に流石に気づきますけどね。辞める人というのは、独特の雰囲気がありますから。笑)

 

聞いてはいませんけれども、その後輩が辞めるということは、僕以外にも知っている人はいるでしょう。
当たり前ですが、組織側が知っていて初めて決定事項になるのです。

「この人、もう直ぐ辞めるな」というのは、なんとなく見ていたらわかるものです。
流石にその空気に気づかない人は鈍感でしょ、とも思うけれど、

僕がこの会社に入って2年間、去りゆく人たちを何人も見てきました。
たかが2年、多くはないかもしれませんが、それでも数人の別れを繰り返している中で、やっぱり去り際のその人の本性が出るなあと思うのです。
そしてそれは、去る側だけではなく、残る側の人間もまた、別れ際の人間性というのはすごく見られているんだと思うんですね。

よくある話ですが、会社に辞めると言ったら「猛烈に止められた」とか「あんな会社に行くなんて・・」と反対された。
そんな話もよく聞いています。僕の先輩や同級生の人たちはこの数年間の間に、何人も会社を辞めていった・・

なんだかなあと。

いや、わかりますよ。誰だって、自分がいる組織から離れて行く人たちを、100%気持ちよく送り出せるのか?というと、そんな人は多くはないのだと思う。
(念のため言いますが、ぼくは1ミリもなんとも思わない。笑)

だって、その人の人生じゃないですか。
笑って送り出しましょうよ、という話。

将来、一緒に仕事ができればいいなあと。
心からそう思っています。

 

そういえばこの2019年は特に、一番お世話になった先輩も辞めて独立をし、チームで一緒だった先輩も東京へ行き、古株の先輩たちも辞めたり異動をしていったりと、出会いと別れの数ヶ月でした。

それぞれが、それぞれの場所で、輝ける場所であってほしいと思う。
僕らの組織は、そうやって卒業していった人たちがまたブランドになり、ああやって活躍して行くんだ!と新しく入ってきた人たちに思ってもらえる場所であり続けなければなりません。

そうでなくてはならない、というよりはむしろ、そうであったらいいな、そうでありたいなという僕の願望も込めまして。