就職活動にて最初にやるべきは、自分自身の20年を振り返る、痛みを伴う自己分析。

2018年10月14日就活生向け, 自己分析

(2018年10月14日追記)

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最近、なぜかいろんな場所の就活生と話をする機会が多くなっています。

先日も電話で、静岡とか、福岡とか、北海道とか、三重とかの就活生の相談(?)に乗る機会があって。

たぶん僕がFacebookでいろんな就活情報をシェアしていること、加えて全国の大学生や場所にちょくちょく繋がりがあり、かつ僕自身が就職活動でひとつ結果を出したということが原因で、

「就活って何から始めればいいですか?」という18卒の方だったり、

「ある程度選考が進むけど、内定が出ない」とか「必ず1次面接で落とされる」という17卒の方など、

いろんな方とお話をしています。

これも、僕が今いる場所で、インターンシップをさせてもらったり、いろんな活動をさせてもらったりすることを通して、たくさんのものを周りからもらいすぎていて、その延長線にあるものだなぁと考えさせられています。

何から就職活動を始めたらよいかわからない、18卒以下の人たちに向けて

例えば、先日電話をした三重県に住んでいる18卒の女性の方は、僕が東京に行った時に宿泊しているシェアハウスを通じて、出会った方です。

地方だから、そもそも就活の情報がなさすぎて、何から始めたらよいかわからない、ということをおっしゃっていて。

ここは、正直僕が住んでいる地域も地方ですし、あんまり東京・大阪だからとか地方だからというものは関係ないですが、、

それでも、周りの就活生の動き方であったり、大人との接点の質と量であったりと、情報に一定レベルの格差があることは事実だと思います。

18卒(現3年生)の彼女に、「いま就活に向けて何かやっていることはある?」という質問をしました。

そこで彼女が「いま大学でボランティアサークルをしています」と答えました。

なるほど。

これが、就活における、情報というよりは意識の格差だと思います。

ボランティアサークルをやっている。部活で副部長をやっている。留学をやっている。

これらは、まったく就活に関係ないし、就活の準備でもありません。

言うなれば、インターンシップですら全体の半数は、就活には全く繋がってないですから。

でも、どこかでやっぱり、インターンシップを含め、何かしらの活動をすることが、就職活動であると勘違いしてしまう風潮があるのも事実。

僕も大学生活において一定数のいわゆる学生活動をしてきたので、周りがそういった様々な活動をしていくのを目の当たりにする中で、どこかそういうことをしていれば就活もどうにかなる、と勘違いをしてしまうことも知っています。

一方で、そういった学生活動(学生団体とか、インターンシップとか、諸々)をしてきた先輩方の多くの、実際の就職活動がうまくいかないこともたくさん見てきました。

なぜならば、そもそも今の日本における就職活動に対して、学生時代にどれだけそのような活動をしてきたとしても、多少プラスになったとしても決定打にはならない。

むしろ、変に頭でっかちになったり、自分は優秀だという誤認識と変なプライドがついてしまい、マイナス要素に働いてしまうことが多かったりします。

僕が言っているのは、大学時代に学生活動をすることがダメだということではなく。

そういったものは義務ではなくて、権利なんです。

就活を控えているからやる、という完全に受動的な姿勢では、就活にはつながらないですよ、ということです。

就職活動にて最初にやるべきは、自分自身の20年を振り返る、痛みを伴う自己分析

話を戻して、僕がその彼女に言ったことは、「自己分析はした?」ということです。

就活において、最初にやるべきことは、絶対に絶対に「自己分析」です。

自分自身の20年を、きちんと振り返ること。

20年間を、ちゃんと言語化できるようにすることです。

いまの自分の価値観や考え方、スタンスと、それができた原体験を紐付けて、言葉にすることができる。

自分とはいったいどんな人間で、何に喜びを感じて、何に対してモチベーションが下がるのか。

ついやってきたことが何で、周りの人に言われた自分の強みがどんなことで。

それが周りの人に対してどのような影響を与え、何を評価されてきたのか。

就職活動における面接の場は、自分という商品を企業に対して売り込みをする、一種の営業の場です。

つまり、「私という人間はこういう人間で、御社にこんな利益をもたらしますよ」と適切に売り込むことができ、

なおかつ企業側が「この学生がうちに来ると、うちにとってこんなメリットがありそうだ」

と思うこと。

学生の今までの生き方と目指す先。そして企業の今までと目指す先。

両者のそのベクトルが一致すると、無事に握手、ということになるわけですね。

そう考えると、そもそも、自分がどういう人間なのか、ということを自分自身で認識することなく就活に臨むことが、いかに無茶なことをしているかということが分かるはずです。

逆に、自分のことを客観的に分析することなしに面接に臨むから、面接会場の場で面接官に立て続けに質問された結果、「私ってどういう人間でしょう?」と面接官に聞いてしまうことになるわけです。(実際にいたw)

自己分析のやり方は、別になんでもいい。

それこそ自己分析のハウツーは、巷に出回っていますから。

やり方なんて、なんでもいいから、とりあえずノートを1冊買ってきて、自分の今までの人生を全て書き記すことです。

全てを言語化し、客観的にメタ認知できるようにすること。

中には、日々自分を客観的に捉えている学生で、自己分析がほぼほぼできている学生も一定数はいます。

でも、できていると思っている学生も、一段階ないし二段階と深掘りしていく質問には、答えられなかったりするので、期間は短くてもいいからきちんと書いて整理することを僕はお勧めします。

全てのスタートラインは、そこからです。

まず、知っていてほしいことは、自己分析をすることは、すごく痛い!

当たり前です。今までの自分の人生の振り返りを通して、自分の嫌なところ、失敗経験、挫折経験も含め、全てを受容することでしか始まらないのですから。

でも、必ずその痛みは、あなたの成長の糧になります!

ちなみに、僕は自己分析の期間は、半年間くらいは必要だと思っています。

人によって長かったり短かったりすることはあるけれど、概ね半年くらいはやっぱり自己分析の期間が必要です。

特に、今までやってきたこと、あるいは自分という人間がどういう人か、ということがパッと浮かんでこない学生(99%の学生がそう)は、時間をかけて何度も自己分析をやることです。

「自己分析」という言葉が好きではない人は、「自己理解」という認識でもいい。

自分のことを、自分の言葉で話すことができるようになって初めて、就活生です。

ちなみに、半年間というのが長すぎると感じた人もいるはずですが、そうではない。

自己分析というのは実は、自分ひとりで孤独にやり続けるものでは決してないからです。

自己分析という名前に引っ張られがちですが、自分の人生を振り返るということは、自分の周りを振り返ること。

なおかつ、他の人とキャッチボールをしながら深めていくことで、より精度の高い自己分析をすることができる。

ある程度、自分自身で言語化できるようになったら、とりあえず周りの人にぶつけてみることです。

友達でも、先輩でも、信頼出来る大人でもいい。

自分ってこういう人間だと思うけど、どうだろう?とぶつけてみる。

すると、なんで?とか、どうして?とか、一歩踏み込んだ質問が来る。

そこでもう一度、自分の言葉で話せるように考えてみる。

その繰り返しです。

自己分析は、一人ではできない。

自分一人でそれができる人は、本当に限られた人だけですから、安心してください。

僕がやった自己分析のやり方は、また別の記事で書きたいと思います。

とにかく、やり方はなんでもいいから、自分自身を語れるようになってください。

もし就職活動であったり、自己分析のやり方であったり、少し困ったなと思う人がいれば、僕を知っている人は直接問い合わせてください。

僕はこのブログをTwitterとリンクさせていますから、僕を知らないでこのブログを見てくれている人(ありがとう!)は、Twitter経由か、コメントでもなんでもいいので、メッセージをください。

一応、僕は地方の国立大学にいますが、東京就活を通して一定レベル以上の結果を出してきたので、そこの説得力はあるはずなので笑

ここまで読んでくれて、ありがとう。