「タナトスの誘惑」と死への誘い

日々徒然

2020年の大晦日恒例の紅白歌合戦で、2020年のYou Tubeに大フィーバーを巻き起こした「YOASOBI」が出演し、デビュー曲の「夜に駆ける」を歌った姿に圧巻された人も多いのではないでしょうか。

NewsPicksにそんな「YOASOBI」の特集が組まれていたのを見て「さすが」と唸ったので、その記事も貼っておきます。

そんなことはどうでもよくて(おい!)、ネット民である僕は以前からYou Tubeで「幾田りら」を見ていたわけですが、特に「THE FIRST TAKE(ファーストテイク)」で披露した「夜に駆ける」は絶賛で、僕自身も何十回と見ているうちに気づけば世間でも大フィーバーを巻き起こしていました。

YOASOBIの楽曲は全て「小説」をもとにしているという点は、今はもう有名になった話なのですが、デビュー作である「夜に駆ける」は星野舞夜さんの「タナトスの誘惑」という小説をもとにしています。

「タナトスの誘惑」は読んだことがない人は、数分で読めるネット小説なのでぜひ!こちらから。

さて、ここからは少々真面目な話。

「タナトス」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

世の中には2種類の人間がいるという。
生に対する欲動──「エロス」に支配される人間と、
死に対する欲動──「タナトス」に支配される人間。

「タナトスの誘惑」より

タナトスとは、ギリシア神話に登場する「死」そのものを神格化した神のことで、「死」に対する欲動のことを指す。

生(性)に対する欲動に支配されて生きている多くの人間には分からないことだが、この世の中にはある一定数、死に突き動かされている人達が存在する。僕はその欲動がすごくよく分かる。なぜなら・・

僕がタナトスという言葉を初めて知ったのは、10代の頃に観た「ラブシャッフル」というTVドラマなのだが、知っているだろうか。

吉高由里子さんが演じる、早川 海里(かいり)という女の子がまさしく「タナトス」という死神に恋い焦がれていて、死に突き動かされていた。
10代の僕はその姿を見て、正直「ああ、なんて共感できるんだろう」という気持ちになったのだけれど、勿論そんなことを口にすることはできず、ただ「タナトスの誘惑」というフレーズだけが僕の中に残って気づけば数年が経っていた。

そして2020年、「夜に駆ける」を聞いて、もととなった「タナトスの誘惑」を目にして久しぶりに自分自身の奥底に眠っていた「死」という衝動的な欲動の存在に気付かされる。

別に僕自身が「自殺」を推奨しているわけでもないのだけれど、タナトスの誘いにはすごく共感できる。
世の中の真理に苦しみ葛藤し、生きる意味を必死で自分自身に問うて生きている人にとっては、ひとつ向こう側ではタナトスが手招きしていることを知っている。

昔から何かを生み出す宿命を背負って生きている画家やアーティスト、研究者といった類の人たちは、みな一様にタナトスの誘惑に駆られているように思えてならない。

生み出す側の宿命には、タナトスが宿っているとさえ思えてくる。

まさしくニーチェが唱えた「永劫回帰」に他ならないのではないか。

この世の真理は振り子であり、一周回ってもとに戻る。
ある瞬間とまったく同じ瞬間を次々に、永劫的に繰り返すことを確立するという意味だが、全体と一部、一部と全体がフラクタル的に行き来する現象を表している。

死という概念は、美徳とは言わねど、完結と反復を繰り返す1つの概念として捉えると、ある意味魅力的でさえある。

「タナトスの誘惑」の原作を読んだ後に「夜に駆ける」を再び聞いてみて下さい。

 

曲全部が良いのだけど、特に僕がシコいと感じる部分は、

・Cメロの「もう嫌だって」と2回繰り返すフレーズがあるが、それぞれ主語が異なる(1回目は彼女、2回目は僕が言っている)
・僕が疲れたと言った後(「終わりにしたい」だなんてさ 釣られて言葉にした時 君は初めて笑った)の後のサビで、転調して半音下がる部分

転調でキーが「上がる」ではなく「下がる」がエロいんだわ。。

死にたいと言っている彼女に対して、主人公の「僕」はずっと「一緒に生きようよ」と言っていた。けれど、用意した言葉はどれも彼女に届かない。

もう嫌だって疲れてポロッとこぼした「僕」に対し、初めて彼女は笑ったのさ。

何故か。彼女が「僕」にかけてほしかったのは「一緒に生きよう!」という言葉ではなく、「一緒に死のうよ」という言葉だったのだから。
だからこそ彼女は「僕」が「もう疲れた」「終わりにしたい」と言ったときに微笑んだのさ。一緒に行こうよ、って、

だから、その後のサビ(騒がしい日々に笑えなくなっていた 僕の目に映る君は綺麗だ)という部分の転調は、キーが下がる。
これはもう震えるよね。たまらないよね。エロいよね。

最後の大サビ。

変わらない日々に泣いていた僕を
君は優しく終わりへと誘う
沈むように溶けてゆくように
染み付いた霧が晴れる
忘れてしまいたくて閉じ込めた日々に
差し伸べてくれた君の手を取る
涼しい風が空を泳ぐように今吹き抜けていく
繋いだ手を離さないでよ
二人今、夜に駆け出していく

ここまで読むと、「夜に駆ける」という意味がわかって、震えるよね。

 

こんな観点でこの歌を聞いている人がどれだけいるのだろうか。

YOASOBIの魅力は、まさしく「タナトスの誘惑」の魅力そのものとさえ思えてくる。

死への誘いはいつだって人々を魅了するのだ。

 

PS)
「タナトスの誘惑」の原作を書いた星野舞夜さんの続編(あとがき)「夜に溶ける」という作品も良ければぜひ。