日本の大学はやさしいのか?

2019年1月5日大学時代

明日(もう今日か)、大学の推薦入試が行われるということで、もうそんな季節か。なんてことを思いつつ。

ふと、思ったことを。

日本の大学って、やさしいのでしょうか。

やさしいというのは、優しさがあるのか、はたまたいろいろなことが易しいのか。

まあどちらもあるとは思うのですけれども。

基本的に僕は、日本の大学は、ある意味では厳しいところだと思います。

「大学時代は人生の夏休み」なんて言われるけれど、人生を夏休みのように過ごそうと思うのであれば、日本の大学のシステムは、厳しいものだと僕は思うんです。

日本は大学に入るまでが大変。

アメリカは大学に入ってから出るまでが大変。

なんてことも耳にします。

日本の大学では、学生に向かって誰も「勉強しなさい」とは言いません。

たまに言ってくれる先生もいるけれど、基本的に大学生は放置です。

高校まで、あれだけ口うるさく周りの大人たちが「勉強しなさい」「勉強をすればいい人生が送れるよ」と言っていたのにもかかわらず(信じられないですよね。そんなことは自分次第なのですから)、大学に入った途端、膨大な時間と自由を手にします。

少なくとも大学生活の大半の時間は僕ら大学生にとって、それまでとは比べ物にならないほどの自由なものです。

何をするにも自由。何をしないのも自由です。

その責任は自分自身のものであるというだけです。

自分で勉強をする人(学んでいく人ということです)と、自分で勉強をしない人とでは、4年間という時間を経た後では、それはもうすごいくらいの差になっていると思っていて。

本当の意味で厳しいのは、日本の大学なんじゃないかと、僕は大学に入った年に気づきました。

僕が言っているのは、いまの大学のその仕組みの良し悪しとかではなくて、またそれを評価したいということでもなくて、それに気づいて自分で適応していく人がいる一方で、そうでない人も一定数いる。

だからこそ、それならあなたは、4年間という時間をどんな風に使って、どう過ごしていきますか、ということなんです。

僕自身で言えば、「勉強しなさい」なんて言われないで放って置いてもらった方が、よっぽどいい。

〜〜しなさい。なんて言われるのは、ほどほどごめんです。

ましてやせっかく自由を手に入れて、自分のやりたい勉強をして、ある程度ではありますが自分自身が過ごしたいように過ごすことができたこの4年間というのは、すごく貴重な4年間でした。

その結果として、まあ僕という人間がどう変わっていったのかということを考えるとよくわかりませんが、少なくともいまの僕自身があって、大事な友人もできたし、たくさん本も読めたし、こうしてブログを書くこともできるし、そして来年社会の扉を開けることを楽しみに思っている自分がいるので、それなりにいいものだったのではないかと思っています。