御報告
と称してメールを送ってくれたあなた、ありがとう。
以前は高校生としてメールをくれた方ですが、その時から知性あふれる文章を書く方だと思っていました。
今は晴れて医学部生としての道を歩み始めたとのことで、まずは大学ご入学おめでとうございます。
人の道はそれぞれですが、紆余曲折あったにせよ、誰にでも歩める道ではないと思うので(僕以外のいろんな人からもきっとたくさん言われたことでしょう)、まずは大学生としての生活を存分に味わいつつ、ご自身の人生を見つめてみる時間にしてくださいね。
*
こうしてブログを綴っていて、文章を通して色々な人と関わることができて、少し前までは自分自身が学生という立場であり、そして社会の入り口に立って、一歩ずつ歩み始める自分の人生を書き綴ることができた喜びを感じていました。
おかげさまで社会人として4年目に入ったわけですが、3年がたった今、少しだけ心境の変化を感じながら筆をとっています。(パソコンに向かっています)
学生時代に色々な人たちの本を読み、その人生の軌跡に憧れ、僕自身の道を歩み始める喜びを感じていたことから、今はこうして色々な人たち(大学生であり、20代であり、社会に踏み出していく人たち)を、言葉はあれですが、応援する側に回れるという嬉しさも感じています。
それがこうして文章を綴ることの楽しさであり、醍醐味なのだと味わえる自分自身を羨ましく思いつつ、幸せな人生だなあと実感しているのです。
少し話はそれますが、僕の中学時代からの友人であり、今年の夏に結婚をする友人が東京にいるのですが(このブログにも何度か登場する、早稲田から大手金融に行って頑張っている彼)、僕の仕事での東京異動が延期になってしまったという連絡をしました。4月に入ってからのことですね。
正確には、部署は異動になったのだけれど、引越しの時期が未定なんだという雑談をLINEでしていたわけですが、あ、そうそう。彼がこの4月で28歳の誕生日を迎えたわけです。(僕も2020年の12月で28歳になります)
誕生日おめでとう、という連絡をして、20代も楽しまないとねと彼に言われて、僕が「そうだね、人生楽しいね」と何気なく返した言葉に、彼がすごく反応をした。
曰く「人生楽しいね」という人に初めて出会ったと。
僕はその言葉を聞いてびっくりしたと同時に、世の中には幸せを感じないまま生きている人が多いのかという衝撃を実感しました。
彼は大手金融企業に勤めているわけですから、世の中一般的に見ればかなりのエリートなわけです。当然、水準以上の人たちと相対しているわけですし、給料もたくさんもらっているでしょう。笑
でも、彼の周りには「人生が楽しいね」という人がいないという。
幸せというのは物質的な豊かさのことではないし、誰かと比較するものでもないのだけれど、それでもきっと彼の周りにいる人たちは、比較的豊かな生活をしている人が多いはずなのです。
でも、いや、むしろだからこそ、幸せではないのかもしれない。
20代も半ばを過ぎると、同世代の人たちの人生にますます十人十色の物語が見えて、楽しいなと思いつつ。僕はその色々な物語に触れて、言葉を書き続けたいなあと改めて思いました。
自分の物語を綴ろう
冒頭の大学生の彼女の話ですが、これからはあなた自身の物語を、あなたが作る側に回るのです。
先日、とあるツイートを紹介してもらったのですが、そこでの言葉が僕にはすごく印象的だった。
「ああ、そうだ」と思った内容は、現実は与えられたものであると同時に、他方、日々造られていくものなのだというメッセージ。
僕らは普段、現実は「与えられたもの」としてただ受け入れる。そこに存在するものだとばかり思っているのだけれど、実は、同時に自分で「造ることができるものだ」と捉えると、今、この瞬間の現実の見え方大きく変わってくるのだと思うのです。
自分の人生という名の物語は、結果、そうなった。振り返ってみると、そこに物語ができていた、という側面もあると同時に、自分自身の手で綴り上げていくものであるという選択ができるのです。
人生にはいろいろあります。でも、いい本を読み、いい言葉に触れて、人と語り合い、素敵な音楽を聴いて、そして毎晩、思索の時間を過ごすことで、きっといいものになるはずです。
僕も人生を味わって、物語を綴りたひ。
いつも読んでくださって、ありがとう。