「実は毎日チェックしています」というメールをありがとう

日々徒然

いつも僕のブログを読んでくださっているとある方からメールが届きました。

タイトル:実は毎日チェックしています。

本文:
いつも更新を楽しみにしています!
心地良いぐらいの頻度で更新してくれるこのブログが
とても心地いいです。
あ、そろそろ更新してるかな?
してるやん。
みたいなのが好きです。

きゅん。

いつも、更新を楽しみにしてくださっているんですね。もー、嬉しい。

なんか、真面目な話も書くし(それこそ思考のダダ漏れ)、そうじゃないゆるーい話も書くし(それは感情のダダ漏れ)も書きます。

このブログは、毎日がっつり更新!て感じでもないし(できれば毎日更新したいw)、といって月に1回とかそういうものでもないし、できれば数日毎にゆるーく更新できればなあと思っていたりもするわけです。

そういうスタンスで10年くらい、のんびり書いてきたら10年が経とうとしているわけです。僕がブログを始めたのが10代半ばの時でしたから。

自分の中の方程式を持つ

そのメールをくださった方は、人生の大きな分岐点を迎えたとのことで、その節目に僕にメールをくれました。

きっと、いろんな人に相談をして、自分でもたくさん考えて、悩んで、そして答えを出したのだと思うんです。

ちょうど最近、これはまた僕の先輩で転職を決めた人がいてそういう話をしたのですが、

結局は、自分の中に方程式を持っていることが大事なんだと思うんです。

僕はよく将棋を指します。(ネットでね)

将棋には「定石(じょうせき)」と呼ばれる、いわゆる先人たちの積み重ねてきた「この戦法の時は、そう指す」という暗黙のルールのようなものを定石と呼びます。

日本には「守・破・離」という考え方がありますが、やっぱり「守」を知る。型や定石を知ることは大事だと思うんです。

自分の人生を考える上でも、例えば進学、就職、転職、結婚。

そういったものにおけるセオリーというようなものを”知っている”ということはすごく大事。

尊敬できる大人の人から話を聞くこと、アドバイスをもらうことも大事。(これは判断)

その上で、という前提ですが、そのあとに自分自身がどう「決断」をするのかというのは、それはもう自分で決めることなんだと思うのです。

ちなみに、「判断」と「決断」は違います。

判断は論理的に。決断は好き嫌いで。

飛び込む

あなたは好きな人とジェットコースターに乗ることができますか?

話は変わりますが、僕はジェットコースターが苦手です。(リアルなやつ。遊園地にある、すごいやつ)

いくらジェットコースターの醍醐味を熱く語られたって、無理なものは無理なのです。

でも、唯一、これなら宛先不明でも乗ることができるなあというのが、本当に好きな人と乗る人生というなのジェットコースターだと思っています。

最後は結局「えい、やっ」と行ってみるのも面白い人生だと思うのです。

その結論が天国だろうと、地獄だろうと、別にどちらでも良いのです。
(そんなことを言ったら、怒られるかな・・?)

いま、このブログを書いている後ろ側で、スピッツの『楓』という曲が流れています。

ガラスの向こうには水玉の雲が
散らかっていたあの日まで
風が吹いて飛ばされそうな
軽いタマシイで
他人と同じような幸せを
信じていたのに
これから傷ついたり誰か傷つけても
ああ僕のままでどこまで届くだろう
瞬きするほど長い季節が来て

スピッツの歌を聞くたびに、昔にタイムスリップしたような感覚になります。

寂しさの塊に触れるような気持ちにさせられるのがスピッツの言葉であり、歌声なのだと思っています。

以前どこかで書いたよな気がしますが、スピッツの曲はどこか村上春樹の小説を連想させます。

スピッツの歌声と村上春樹の文体は似ていると思うんだけどなあ。

そんなことを思っている日曜の昼下がりです。