11月になりました。新たなはじまりの予感。

2019年1月6日日々徒然

いま僕は、朝の7時から大学最寄りのスタバにいて、パソコンに向かっています。

お店に入ってまっすぐ行って、奥側のテーブル席。

そのテーブルは大きな窓に接していて、僕はその一番右端の壁ぎわに座っています。

目の前の窓からは大通りが見えて、歩いている人よりは朝の通勤でしょうか、たくさんの車が走っています。

そんな中、マグカップでホットのカプチーノを飲みながら、いい1日の始まりだなと思いつつ、こうしてブログを書いているわけです。

今日から11月になりました。

今日は11月1日。始まりの日です。

1のつく日というのは、ちょっとだけ気持ちが新鮮な気がします。

昨日は夜の1時くらいに眠ったのですが、今日は朝の6時くらいに自然と目が覚めました。すごく眠くて眠りに入ったからでしょうか、不思議と目が冴えて朝を迎えて、気持ちの良い11月のスタート。

思い返すといま僕は、すごく「今」を生きている気がする。

今をゆっくりと、歩んでいる気がするんです。

ちょっと前までは、今を生きているんだけれども、目の前に映るものの流れが早すぎで、今にしがみつくのに必死というか、ちょっと先の未来から流れてくるものに必死になって、そして過去のことにどこかしらとらわれながら生きていた。

今を生きるということ、今しかないということは分かってはいるつもりなんだけれども。

時々、うまくいかなかったりもしますね。

こうして立ち止まって、ゆっくり周りの景色を見渡して、いろんなものをひとつひとつ確かめるように手にとって、自分の中に入れてみたり、出してみたり、もう一度それを眺めてみたり。

そんな風に今を生きていられる感覚というのは、すごく大事な今なんだなぁと。

僕が大学に入ってから、ちょうど3年半が経ったことになります。

あの頃の僕は、何を想い、何を感じて、あの頃の「今」を生きていたのでしょうか。

うっすらと覚えている匂い、鮮明に焼きついている光景。

いろんなものが、僕の中でぐるぐると渦巻き、そしてそのひとつひとつが今の僕をつくっているんです。

それをそれぞれに評価することはなくて、それらはただ、そのまま僕の中にしまいこまれていて。

それらは時々、僕の中から飛び出してきて、目の前にいろんな景色を見せる。そしてまた、何事もなかったかのように箱の中へと帰って行くんです。

そんなことを繰り返していると、心の奥の方がむず痒いような気持ちになってくる。

このブログも、今年の4月に書き始めたものなので、半年が過ぎました。

ここに書き綴られている言葉たちは、僕の中から自然に出てきたもの。

それらは僕であって、リアルを生きている僕なんかよりもよっぽどまっすぐだったりすることもある。そんな言葉たちを時折読み返してみると、確かに書いたのは僕自身なのだけれども、びっくりさせられることが多いんです。

まあまだ、カッコつけたり、いろいろ考えたりしながら書いているものもあるのですが。

ここに向き合う時間というのは、自分自身の内側と向き合う時間です。

そこにはいろいろな感情だったり、記憶だったり、思考だったりが存在している。

そのひとつずつを、丁寧に、確かなものにしていく作業。

そしてそれらをひとつずつ、言葉にしていく。それがこのブログに綴られているものだったりするんですね。

書かずにはいられない、という極めて内的な衝動のようなものではあるのだけれども。

そのブログを読みにきてくれる人がいるというのは、僕にとってすごく幸せなことなんです。

これからも僕はいまを、一歩ずつ踏みしめるように、進んでいきます。

いつも、ありがとう。