その場に想いがあれば、コンテンツも収益も、後から付いてくる。〜たくさんのイベントに関わらせてもらって思うこと〜
先日、参加させてもらったとあるイベントで、すごく癒されましたという話を。
何だろう、やっぱり愛に溢れたイベントというのは、良いですね。
収益も、集客も、コンテンツも、お客さんの満足度も大事なんだけれど、それらをはるかに超越して、やっぱりそこに愛があれば、みんな満たされるんだろうと。
場に対して、そして来てくれた人に対して、愛情と優しさがあれば、みんなが幸せになるんだなって。
例えば、僕も大学時代を通して、もう何十回もの、いや、恐らくは100回は軽く越えるイベントの運営をやってきました。
学生団体、学び舎、朝活、就活系のイベント、企業説明会、選考会、外部講師を呼んだ講演会、社会人向けの勉強会、スタートアップ系のイベント、等々。
数え切れないほどのイベントの企画・運営までやってきたのだけれど、そしてそれはすごく考えられたコンテンツであるものが多かったし、その約半数はきちんと収益を発生させるビジネスとして関わってきたのですが、正直、ああ楽しかったな、参加してよかった、企画してよかった、運営に汗をかいてよかった。心からそう思えるイベントなんで、数えるほどしかありません。両手で数えられるほどもないかも。
望まずともいつの間にか、いわゆる意識高い系と呼ばれる活動をたくさんしてきた大学時代だったのですが、そこで関わったほとんどのイベントは、僕の中に何も残らずに流れていきました。
なぜかって。そこに愛情が感じられないからです。想いも、ないと言うわけではないけれど、なみなみとあるのかと言ったら嘘になる。
良かった!と言ってもらえるものも、満足度が高いものも、たくさんあったのだけれども。僕自身ももちろん、一定レベルの成果を出せたときはよかったとも思うし、うまくいかなかったときは、次によりよくするために改善点を考えたりはするのだけれど、正直言うと僕はそんなことにはほとんど興味がなくて。
どれだけ意義のあるイベントをやろうと、僕にとってはぶっちゃけ、どうでもいいんです。
こんなことを言うと、怒られるかもしれませんが、もともとそんなに関心がないのだから、しょうがない。
でも、その中で、本当にこのイベントをやりきってよかったな、とか、参加してよかったな、とか、そんな風に思えるイベントがあることも事実で。
そんなものに出会えた瞬間というのは、僕の感情の記憶として、すごく鮮烈に刻まれています。そのとき見た景色とか、匂いとか、感動とか。そして僕は、その時は必ず、泣いています。感情が振れきって、溢れてくるんですね。必ず泣いてます。笑
僕と一緒に、それに関わってくれた人には、びっくりされますが。
実は僕は、ベースに心の底からの想いがあれば、ビジネス的な視点なんていうのは、後から勝手についてくると思うんです。
収益も、絶対あがる。
もちろんそのための工夫と努力は必要だけれども、それだけあればいいと言うものではない。
そのことを、改めて痛感させられるきっかけでした。
今後そんなことを言っていたら、いつか甘いと言われるんでしょうけども。笑
まあその時は、その時で。うん。
改めて、素敵な時間をありがとう。