好きなことで好きな人を笑顔にすることを知ってしまうと虜になる。

2019年1月6日書くということ

僕はこうして文章を書くことが好きです。

とても好きなのですが、でも、大好きです!というほど力んだものではなくて、淡々と、でも内側にはすごく熱いものがほとばしっていて、という感覚を持ちながら、毎日こうしてブログを綴っています。

僕はブログを10代の頃、高校時代に書き始めて、そこから多少期間が空いたりすることはありましたが、「書く」ということはずっと続けています。

ブログが変わったり、あるいはそもそもブログではなくてノートに言葉を綴ったりして、今の僕があります。

いまこうして毎日ブログを更新している僕を見て、

「毎日書き続けるのって大変じゃあない?」

と言う人もいますが、そう言われて初めて、こうして言葉を書くということは、本当に好きなことでないと、続けられないことなのだと思わされています。

僕はFacebookやTwitterなどのSNSなんてまったくやっていない時代からブログを書き続けていますが、最近、僕のブログがいろいろな形でシェアされて、より多くの人に読まれる機会があるんですね。

そして、僕を知っている人が、僕の書いた文章を見て、すごく喜んでくれる。

これはもう、たまらないほどに嬉しいことなのだと気づかされました。

注文のない時代から書き続けていたことには変わりはなくて、誰かが読んでくれるからとか、僕にとって”書く”ということは、そういうことではない。

書かないと、自分自身がおかしくなってしまいそうで、いてもたってもいられなくて、たくさんのインプットに対して”書く”という形でアウトプットしなければ、自分自身が狂ってしまいそうなんですね。

それくらい、自分の内側に強烈な何かがあって、僕は書くということをしている。

自分の内側にあるものだけれど、それが何かわからなくて、でも社会に対して何か訴えたいこと、想うことがあって、そしてそれは時折誰かに向けたメッセージでもあり、ラブレターでもあり、そういう熱い何かが、僕の原動力になっている。

そんな中で僕は、大学時代に、SNSとは関係のないところで、僕の大切な人が僕の書いたブログを毎日読んでくれていて、ものすごく嬉しいと言う経験をしました。

自分1人で書いていたものが、社会とつながる経験を初めてしたんです。

1人でも僕のブログを読んでくれている人がいて、しかもその人が自分のすごく大切な人だったら、僕はその1人のためにいくらでも書き続けられる。

そんな喜びを知ることができました。

そして今は、このブログもたかだか数ヶ月しか続けていないにもかかわらず、読みに来てくれる人がいる。

僕のブログを読んでよかった、と言ってくれる人がいるんです。

書くということは、僕の好きなことで、僕の人生そのものです。

好きなことで、好きな人を笑顔にすること。

それが生きているっていうことなのだと僕は思います。

そして一度でもそれを知ってしまうと、虜になる。

今この瞬間に、こうして生きていて良かったと、心の底から思えるようになります。

出会いに感謝。

いつも読んでくれて、本当にありがとう。

これからの人生も、よろしくお願いします。

<追伸>

僕は、淡々と、そしてまだまだ行きます。

お互いの10年後が、楽しみですね。

共に、咲こう。