人はいつだって、自分のことを深く理解してくれる人を求めている

日々徒然

ある人と話をしていて、すごくいい言葉だなと思った出来事を書いてみる。

僕の話した人が、ある2人の関係性と、その2人の会話について語っていた。

「自分にとって彼は、自分の中の1を2にしてくれる、きょうしんできる人なんだ」
と言っていた言葉を、そのまま伝えてくれた。

「きょうしん」の漢字を聞かなかったのだけれど、きっと「共振」だと思う。

「共振」とは物理用語なんだけれど、振動する1つの物体が、他の物体の振動と同期して、揺れが大きくなることをいう。イメージは「共鳴」に近くて、共鳴しあって揺れが大きくなるから「共振」というんだ。

 

共振する2つの関係性というのは、実は1つ1つの振動の大きさは関係なくて、そのそれぞれが持つ「固有振動数」に依存する。

人間でも同じだと思っていて、それぞれのエネルギーの大きさが重要なのではなくて、2人の人間の「関係性」が重要で、共鳴しうる関係性の2人であって初めて共振が起こるんだ。

その2人の間にあるのは間違いなく「絶対的な信頼」なんだと思う。

人は自分のことを深く理解してくれる人を求めている

仕事を終え、家に帰るでもなく、飲み歩いて、まるで自分の中の虚しさを埋めるように生きている人っているだろう。

そういう人たちはきっと、自分の中が空っぽなんだ。
空っぽの自分を満たしたいがために、今日もあちらこちらをフラフラする。

僕はこの人生の中で、1人でも「絶対的な信頼」ができる人に出会えれば、すごく幸せだと思う。

だって、「この人のためなら死ねる」と思える親友や恋人に出会えたら、あるいは「この人がいうなら」と思える絶対的な信頼を置ける人と出会えたら、あとは世界中になんと思われようと気にならないじゃないか。

だって心の底の第一志望をゲットしたら、第二志望以下の人たちと過ごす時間なんて、あなたの人生に必要ないだろう。

人は心の中で、自分自身を深く「理解」してくれる人を求めている。

それは「共感」ではないし、単なる「理解」ではない。
「深い理解」というのが重要なのであって、人生を通してそういう人に出会える機会はそう多くはない。

もし出会えたとしたら、あなたはすごくハッピーな人生ではないか。それ以上の幸せがどこにある?

 

僕は幸いにも、そういう人に出会うことができた。

心の底から信頼できる人生のパートナーとでも言おうか。そういう堅苦しい言葉も要らないくらいの人。

だから今の僕があるし、その人と出会って関係性が深まって、心の底の第一志望なんだから、他の人になんと思われようと、どう言われようと、どうだっていいじゃないか。

いつもありがとう。