大学時代4年間の友人の存在。

2019年1月3日日々徒然, 大学時代

(2019年1月の冬休みに追記)
先日、この友人から突然電話がかかってきて、久しぶりに長電話をしました。

ちゃんと自分の足で歩いて、自分のサイズで、自分の人生を生きている。

あれから出会って6年になるんですね、あっという間だったけれど、今なおこうして語り合える存在であるということが、とても誇らしく思えるのです。

10年後もその先も、こうやって語り合える仲でありたいなあと思う、

これからの人生も、よろしくお願いします。

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先日、大学の友人と久しぶりに会ってご飯に行った。年明けなので新年会?のようなもの。

久しぶりと言ってもたぶん2〜3ヶ月ぶりくらいなのだけれど、なんだかその数ヶ月の間にお互いがすごく変化しているようで、語りたいことがたくさんあって。

特に何かがあるわけではないけれども時々会いたいと思えたり、あるいは自分の今を語りたいと思えるような友人の存在というのは、すごくありがたいものだと思う。

大学1年の頃からなので、もう4年になる。4年間、お互いにそういう関係でいれたことはすごく大きくて、というのもお互いの4年間の成長や変化というものを知っているから。

 

最初に会ったのは大学1年のときの外国語の講義。(だったと思う)

そのときはどんな話をしたんだっけな。あまりよく覚えていないけれど、気がついたら話をするようになっていて。

 

多分その友人と僕とは、どこかで似ているものがあるのかもしれない。

お互いが孤独だったし、10代に「何か」を抱えていて、周りの社会に対してイラついていて、構えていた。学部や学科というような周りのコミュニティにどうしても入れなかったりもしたけれど。だからこそ大学時代にここまで変わることができたのだと思うし、今は多少なりとも人間らしくなれたのだと思う。

そしてその変化のきっかけとして一番大きかったのは、やっぱり「無条件の愛」に触れられたことなんだなあと。

直接的であれ、間接的であれ、大学時代の4年間の中でその無条件の愛があるのだと知れたこと。少なくとも僕はそれで、人を信じてみようと思えたし、人と関わることも悪くないんだなと思えるようになったのだから。

 

ずっと一緒にいたわけではないけれども、こうして時々会って話をするたびに、お互いが一歩ずつ進んでいることを実感できて、「こんなことを言えるようになったね、成長したね 笑」というような会話ができる存在というのは、すごく大切な気がする。

勇気をもらってきたし、今もそう。うん。

 

もともとは他県の出身で、大学からこの街に来ていた彼女は、4月からまた別の場所へ行くことを決断したとのこと。

東京でも大阪でもこの街でもない、別のところ。

お互いの将来がすごく楽しみだなあと思いつつ、良い時間を過ごしてほしい。

4月から僕も(たぶん)東京(か、あるいは別のどこか)に行くのだけれども、きっと時々はどこかの街で会ってお互いの今を語っているのだろうな。

10年後が楽しみです。

ありがとう。

そして、これからもよろしくお願いします。