お茶会の記録。

2019年1月6日日々徒然

今日、久しぶりにいわゆる「お茶会」に参加してきました。

それはつまり、信頼できる2人(僕を入れて3人)と、カフェでコーヒー(僕はカフェモカ)を飲みながら、おしゃべりをする2時間を過ごした、ということです。

3人掛けくらいのソファ2つあって、低いテーブルを挟んでそれらが向かい合っています。

僕はこちら側に、後の2人はあちら側に座って、クッションをギュってしたりしながら、静かなカフェで他愛もない話をする。ああ、いい時間だなぁと思うんです。

思い返せばここ最近、こうしてゆっくりと過ごす時間というのを忘れていたなと。

そして、誰かと何かーー主に生き方とか、考え方とか、仕事の話、そして世の中の捉え方みたいなことなどーーについて考えるということは、自分にとってもその場にとっても、とても有意義な時間なんだと思いました。

特に大学時代というのは、とにかく時間があるというのが大学生の特権みたいなものですから、こうして誰かと喫茶店に入って話をし、しかもそれは一見どうでもいいことも話しているんだけれど、実は生きて行く上で大切なことだったり、自分の思考を整理して大事なことに気づくということだったり、そういったことを含んでいるんですね。

そうやって思考を広げていく時間、あるいは思考を深めていく時間というのは、もちろん一人の時間を確保することによっても深まって行くのだけれど、一方で誰かと話をすること。それは力の入った議論とか大学の講義とかそういうことではなくて、自分のつながりの中で緩やかな話をしていくことで深まっていくものが確実にあるのだと思っていて。

そういったものは、喫茶店で開かれるお話会(今でいうお茶会)で、一つずつ自分の中に積み上げられていくんですね。

特に僕が大学に入る前にイメージしていた大学生活というのは、半分がこういう生活で、もう半分が図書館にこもって本を読んでいるものでした。特に60年代から70年代にかけての大学生活のイメージが強かったので、というのも僕が読んでいた本の著書の大学生活や小説(「ノルウェイの森」とか)に重ねていたので、こうして誰かと語り合う時間というのがすごく僕の中にしっくりくるんです。懐かしい、という感覚に近いでしょうか。

僕自身の今後を考えた時に、やっぱりこういった時間を取ることは、すごくいいことなのだと。

というのは、まあ半分本当の話で、残り半分は僕がとても楽しかったからまたやりたいと思った、というのが本音です。うん。理由は後付け。笑

楽しみです。ありがとう。