中谷彰宏『君は本の匂いがする』を読んで

2019年1月4日書評(という名の感想文)

僕は昔から、図書館が好きです。

将来は、図書館のように、とはいかないまでも、本に囲まれた部屋で暮らしたいと思っていました。

図書館の何が、こんなに魅力的なんだろう。

僕の高校時代、お昼は弁当でした。

僕は弁当を持参していって、教室の自分の机で、ひとりで弁当を食べていました。

誰とも、一言も言葉を交わすことなく、10分もかからないで弁当を食べて、そのまま上の階の図書館に直行していました。

確かその時の教室が3階で、高校の図書館は6階にありました。(僕の高校はわりと都心にあったため、上に長く造られた校舎でした)

弁当を食べ終わると、本と、一応は勉強道具を持って、階段をダッシュでのぼり、図書館に駆け込む。

僕はそんな高校時代を過ごしていました。

これでも一応サッカー部の部長をやっていたので(中学・高校共に)、サッカー部の仲間がいました。サッカー部の他のメンバーはだいたいサッカー部か、あるいはバスケ部など他の運動部の人たちと一緒に弁当を食べていたのだけれど、そして時折、一緒に食べようと誘われもしたけれど、どうしても僕はそれができませんでした。

なんでだろう。

まあ、10代というのはそういうものです。今は幾分か、ましになりましたが。

僕が10代の頃、中谷彰宏さんの本に没頭している中で、一冊の本に出会いました。

それが『君は本の匂いがする』という本。

素敵なタイトルですね。

君は本の匂いがする

君は本の匂いがする

その本の中に、

「図書館がセクシーなのは、誰もが声をひそめるからだ」

という一節が出てきます。

確かに、そうだ。

図書館というのは、そこにいる人も含めて、図書館という場所と空気自体がどこか神秘的で、魅力的なんですね。

そこで一人で本を読んでいる人は、どこか知的に見えるし、そこで二人で勉強をしている人というのは、ヒソヒソと話しています。

その声をひそめて話す様子が、どこかセクシーだというのは、まったくその通りだと思うんです。

まあ高校時代の僕はずっとひとりで図書館にこもって本を読んでいましたが。

僕は以前から、というのは小学生の頃から、図書館が好きだった。

さすがに小学生の頃は、空気が魅力的だからとは思わなかったでしょうが、よくひとりで自転車をこいで、僕の住んでいた街の市立図書館に通っていました。

意外と遠くて(自転車で40分くらいかかった記憶があります)、特に小学校の低学年のうちは、なかなかひとりでは行けず、よく母親にねだって通っていたものです。

懐かしいですね。

そこから僕は中学生になって、ジュンク堂というこれまた素敵な場所に出会いました。

僕の通っていた中学(すなわち高校も)の近くにはもともとブックオフがあって、学校帰りにはブックオフに寄ることが日課でした。

部活がある日は、部活を終えた後にサッカー部の荷物を抱えたままずっとブックオフに入り浸っていて、「帰りが遅い」としょっちゅう親から携帯に電話がかかってきたものです。

週末の楽しみは、サッカー部の練習試合と、ジュンク堂でした。

特に父親とはよくジュンク堂にいっていて、それはなぜだかわからないけれども、というのも父親と2人で何処かに行った記憶というのは、本屋以外にはほとんどなくて。

というわけで、僕は1日中でもジュンク堂にこもって、本を読みふけっていました。

父親は本屋ならば、僕が欲しいといった本は何でも買ってくれたので、本屋に行くのは母とではなくて父と一緒が楽しかったです。笑

ジュンク堂のいいところは、あそこは図書館のような本屋さんだということです。

フロアのどこかしらに椅子が置かれていて、「どうぞ、お好きなだけ本を読んでください」と言われているようで(本当にそう言われるわけではないですが)、本当に本好きの人が集まってくる。

僕は学生時代、よく朝から夕方まで同じフロアで本を読んだりしたのですが、朝に行って近くの本棚で出会った人は、夕方になってもまだ同じようなところにいますから。

今となっては、なかなかそこまで入り浸ることはなくなって、買いたい本をどんどん買うようになりましたが、そういう入り浸り方をしていると、「あ、この本読むんですか?いいですよね、僕も好きです」みたいな素敵な出会いがあってもいいなと、時々思ったりもします。うん。

来年の、週末の楽しみにとっておこう。

相変わらず、僕の部屋は本の森のようになっていますが、来年は一人暮らし。

好きなだけ好きな本を買える楽しみがあるって、いいですね。

ありがとう。