3年ぶりに自炊を再開しました

日々徒然

しょうもない話なのだけれど(いや、わりと人生にとっては大事な話かもしれない)、
2025年になって3年ぶり(?..たぶん)に家で自炊を再開しました。

東京は港区に住んでもうすぐ丸3年になるのだけど、全く自炊をしない生活になってしまっていて。

もともとは大阪で初めての一人暮らしを初めて3年住んで、東京に引っ越して最初は杉並区に住んでいて。大阪でも東京でもちゃんと(?)自炊をする生活をしていた。

実家にいる時は包丁を握ったことすらなかった僕だけれど、憧れの一人暮らしをするようになってちょっとずつ、ちゃんとした地に足をついた生活をすようになっていったのだ。

ご飯の炊き方も、卵焼きの作り方も怪しかった僕だけど、そうやって少しずつ社会に溶け込んでいった。大阪での3年間、そして東京に引っ越してからの3年間は会社員だったわけで、会社員時代はそれが当たり前だった。

でも、会社員を辞める少し前に港区に引っ越してからは、炊飯器を使ったこともないしフライパンも棚の下に眠ったままだった。食事はもっぱら外食で、たまにウーバーイーツ。(たまにじゃないか、家にいるときは割と高頻度でウーバーを頼んでいたと思う)

理由はいろいろある。会社員と自分の会社を両立していて、本当に1日中仕事をしているからだとか、出張族で全国を飛び回っていたので家で自炊をすることが物理的に難しいだとか。

あとはまあ、1,000円でお腹いっぱい美味しいものを食べることができる、東京というか日本の外食文化のうまみにどっぷりと使っていたのかもしれない。
一食、1,000円でも痛くも痒くもない、そんな経済水準になったことも大きいのかもしれない。

夜、いいお店に行かない限り、いや、そこでさらにお酒を加えて1人数万円とかにならない限り、食費代だとかそういうものは一切気にならなくなってしまっていた。

僕はそんな刺激的な生活に、慣れ染まっていたのかもしれない。

大阪拠点が増えて地に足ついた生活を思い出す

そんな生活の中での転機は、やっぱり2024年に東京と大阪の2拠点生活になったこと。

しかも関西での仕事を増やそうと、大阪に滞在する時間が少しずつ増えていき、2025年からは半分以上を大阪で過ごすようになった。

大阪で過ごす時間は僕にとって、昔の駆け出しの頃を思い出させてくる大事な時間で、経営者の集まりのようなものに行く機会も呼ばれる機会も減って、夜ちゃんと家で読書をしながら自分と対話する時間を確保できるだとか、丁寧な生活をしながら一歩ずつ人生を再構築するだとか。

そういった時間を過ごす中で、ふと、「あ、自宅でまた自炊をしてみよう」と思いたったのだ。降ってきたように思いたって、近くのスーパーで炊飯器だとか食器だとかフライパンだとか、そういうものを再び買い揃えてみたりした。

それまではコップもタンブラーだけで水とお茶とコーヒーを飲んでいたし、自炊しないから食器もないし紙皿と割り箸だけを使っていたわけで。
そんな中、9年前に1人暮らしを始めたときの、あの「ひとつずつ、生活用品を買い揃えていく」という楽しみを思い出していくことができた。

小さな幸せといえばそうかもしれない。でも、今の僕の人生にとってはそういうものはすごく大事なもの。

何かに行き詰まったら、丁寧に暮らしをすることから始めるといいのかもしれない。

何かに行き詰まっていなくても、数年に一度は、生活を見直すきっかけがあると、人間的に豊かになれるのかもしれない。