大学は「職業教育」の場であるべきか?
唐突だが、5月を終え6月の初めの土日、ひとりの夜に自宅のデスクで本を読み、物思いに耽っている。静かな時間だ。外は雨。
仕事、ビジネス、そして新たな人との出会いに時間を投下する日々を過ごしていると、その中心にいる自分自身と向き合う時間がどうしても限られてしまう。
そうやってがむしゃらに外に向き合う時間も大切なのだが、その原点にいる自分自身と向き合う時間がすり減ってしまっては元も子もない。
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今日読んだ「知の体力」という本がある。永田和宏さんという方が執筆している。
その中で2014年にOECDの基調講演で、当時の安倍晋三首相のスピーチ内容が引用されている。
日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。
しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。
だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。
2014年といえば、僕が大学2年生になる年。10年前だ。
その当時の首相がこのような発言をしていたという事実は全く知らなかったし、大学にいてもそのような潮流が変わる感じも全く気付かなかった。
だが明確に安倍首相は「職業教育」という発言をしており、それが今の大学の在り方、流れに明確に組み込まれている。
永田氏は著書の中で、安倍首相の「学術研究を深めるのではなく」という発言を「大学における教育研究の全否定」と記載しているが、僕も強くそう思う。
それにしてもこの本は良書であった。
「大学」→「社会」→「??」
僕は今年の12月で32歳になる。
20歳で大学に入学したので、そこから数えると12年。ちょうど一周回ったというところだ。
大学で4年、大企業に勤めて6年、自分自身で独立をして2年。
勉学に全身全霊を捧げた4年間の学びと視座を高める経験を経て、社会に飛び出しビジネスの世界にどっぷりと浸かったわけだけど、30代になって自分自身の名前で社会という大海原で勝負する身となって感じるのは、もう一周、二周、自分自身を太くする経験をしないと今いる世界の延長線で終わってしまうなという痛感覚。
経済的にはそれなりな生活は手に入るのだと思うのだけど、視座を上げるというか社会の次の1ページを綴るところへ近づくために、あるいは文化人と呼ばれる人たちと語り合う魅力的な人間になるためには、まだまだ何かが足りない。
世の中には3種類の人間がいて、「思想家(思想や哲学を生み出す人)」と「リーダー(仕組みを作る人)」と「その他」の階層に分かれている。
例えば(匿名のブログだから許されると思って書くが)安倍首相は2階層目の「リーダー」である。起業家も、上場企業も、経営者も、そこ。
それ以外の多くの人は3階層目の「その他」である。
そして僕が憧れるのは、もちろん1階層目の「思想を作る人たち」。
憧れてきた大学の教授たちも、作家の村上春樹さんも、著述家の千田琢哉さんも中谷彰宏さんも、映画監督も坂本龍一さんも、思想やコンテンツを生み出す側の人たち。
それ以外のリーダー以下は、生み出された思想や哲学を形にする人たち。
何が言いたいかというと、人間の序列は頭の良さで決まるのだということ。
当然、社会の中で生かされていて経済活動の中にいきている僕らは、ビジネスも社会性も無視できない。でも、それでもやっぱり、「稼ぐ額」ではなく「頭の良さ」で人間の序列が決まるし、人間は頭脳の生き物だからこそ皆それを無意識に悟っている。
いま、僕は社会という大海原でかなり稼がせてもらっているし、今後も稼ぎまくるのだけれど、人間的に一階層上がっていきたい願望が、ここ1〜2年で沸々と湧いている。
大学で勉学に没頭し、社会に出て、その先にまた「学ぶ」「人間を深める」という機会があってもいいのではないか?
俗にいう「リスキリング」とか「学び直し」とか、そういう軽い話ではない。
安倍首相が語る「職業教育」とか、そんなチープな話ではない。
やっぱり成〇大学だなと思ったという本音は、大きな声では言わないでおきます。
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高等教育としての大学の在り方、学び方を「職業教育」とか「キャリア教育」とかいわず、もっともっと深く語って視る世の中であるべきだし、そうあって欲しい。
社会人になって学ばない、本を読まない人たちのことを軽蔑する社会であってほしい。
当たり前の仕事の延長線にある日常を「いろんな経験をして」とか言わないでほしい。ビジネスを通して得られる経験も大事だが、ビジネスだけでは大事な学びは得られないという世界の理解があってほしい。
そんなことを考えながら、一人デスクに向かう夜です。独り言でごめんね。