人生のどこかで、コンプレックスを解消しておく

思うこと

仕事の軸が「コンプレックス」になっている人は多い。

例えば、幼少期から10代にかけてずっと優秀な兄弟と比較され続けた人は、誰かに「教える」という優越感や刺激がある仕事を(無意識的に)選んでしまっていることも多い。

就職をするときにちょっと背伸びをした企業に入ってしまったが故に、ずっと劣等感を抱えていた人は、その劣等感というなのコンプレックスを解消するための仕事のやり方をするようになってしまう。

人間だもの、すごくわかる。僕だってあるかもしれない。

人間誰しもがコンプレックスを抱えていて、それがスタイルのこともあるし、出自の場合もあるし、頭脳のこともあるし、環境のこともあるかもしれない。

多かれ少なかれ必ず持っているそのタネを、自分でわかっていればいいんじゃないかな。
あるいは、今は向き合わなくとも、いつかどこかで向き合うタイミングがくるさと、気楽に抱えていればいいんじゃないかと思う。

コンプレックスに向き合うっていうのは、正直しんどい。
ものすごいエネルギーを使うし、痛いし、見たくないものを見なきゃいけない、封印していた蓋を開けなきゃいけないときだって往往にしてあるだろう。

でも、必ずしも「今、向き合わなければならない」とか、そういうことではないと思う。
人には人それぞれのタイミングというものがあるんだから・

人生というのはいくつか、タイーニングポイントというか、押さえておくべき節目があると思っている。

例えば進学とか、就職とか、転職、結婚、引っ越しのようなライフイベントは、そのポイントに当たりやすい。

「鶏口牛後」という言葉があるけれど、それについては僕は個人的な見解として、「人生という長い目で見たら」という条件で賛成。

やっぱり人は自分が輝ける場所を選んであるべきだと思う。
だってせっかく生まれてきたんだもの、自分の役割が存分に発揮できる場所で輝きたい。

人生のどこかで、コンプレックスを解消しておく

そんな長い人生の中で、やっぱりどこかで自分自身の一番深いコンプレックスは解消しておいた方がいいと思うんだ。

人それぞれのタイミングがあるから、焦らなくてもいい。
けれど、見ないふりをしたまま生き続けるということは、結局そのコンプレックスに縛られてしまっているんだと思う。

見ないふりというのは、ちゃんと認識をしているということだから。

例えば男性でよくあるのが「仕事に打ち込んで忘れようとする」というパターン。
でもこれって、仕事の中の局面で絶対に出る。

ああ、この人は自分のコンプレックスの解消のために仕事をしているんだな。

というのは、わかる人が見たら一発でわかるから、さっと人が離れていってしまう。
それもまた気づきであり学びだから、その人の教訓だと思う。

でも、「あれ、なぜか自分の周りには、人が続かないな」と思うことがあれば、思い出してみるといいと思う。
心に手を当てて「自分のコンプレックス解消のために仕事をしていないか?」と問いかけてみるんだ。

時間はかかるかもしれないけれど、必要なことだと思うよ。

 

ちなみに、じゃあどうやって解消するんだ?というのは、やっぱり原体験の深いところをほぐしていくしかない。
具体的な行動指針としては「住む場所」か「付き合う人」を変えること。

環境を変えることはすごく大きい。

あるいは「人生の優先順位」を変えることかな。
時間配分を変えることでもあるんだけれど、本当に大切な人、大切なものに時間を使うようにしてみるといいと思う。

自分にとってあまり大切じゃないことのために時間を使うほど、人生は長くはできていない。

今日も読んでくださって、ありがとう。