向き合うなら、本気で向き合います

2020年3月10日社会人3年目(大阪)

今日(3月9日)の夜は京都から帰ってきました。

午後は京都にあるクライアント企業巡り。

「4月から異動になるんです」という連絡をしたら「京都でご飯に行こう」とお客さんに誘ってもらい、仕事を終えて京都のカフェで合流してご飯に行き、そのまま焼肉をご馳走になりました。ありがとうございます。

もともと京都出身のその人は、東京で仕事をしてちょうど3年前に京都に戻ってきて、社長の右腕として働いています。
僕も1年以上のお付き合いになるのですが、なぜか個人的にかなり可愛がってもらっており。
元々は仕事で顧問先としてお世話になった方なのですが、今は仕事を超えて完全に個人的に色々可愛がってもらっています。

そういう付き合いができる人と、関西で、しかも京都で出会えたというのは、僕が大阪で(真面目に)仕事をしていて良かったなあと思える財産です。

ちょっと話を変えまして、最近思っていること。

僕は地元の付き合いもあり、ここ大阪でも、なんなら東京でも個人的に仕事を応援している人たちがいます。割といます。

僕自身は結構色々な人たちと、彼らがやる事業の壁打ちみたいなことをしているのですが、ゆってぃという名前が表に出ることはほとんどないですし、僕自身そういう願望も一切なので、彼らのやりたいことや、実現したいことが上手く言ってくれればそれでいいと思っています。

要は「主=彼らのやりたいこと、従=裏側の僕」という主従関係の構図の中で、いろんな人たちの、いろんな事業や想いに関わるということが楽しく、またそれが僕の性分に合っていた(と思っていた)のです。

でも、実は、意外と「あれ?逆なんじゃね?」と思わされるきっかけから、色々考えることにつながっています、という話。

やりたいことがない人もいるし、できない人もいる

これは僕が社会人生活の3年間で、ようやく学んだ大きな1つの教訓なのですが、「何かを成し遂げたい!」と叫んでいる人は多かれど、じゃあ「何がしたいのか?」と言われた時に明確な青写真を思い描いている人は結構少ない。

そして、仮になんらかの「やりたいこと」を思い描いている人であったとしても、それを実現する術を持ち合わせている人は、もっと少ない。

僕が見ていて「え、こうしたらいいじゃんね」とかいうアドバイスやサポートをしても、必ずしもそれが彼ら・彼女らにとっての一助になっているのかといえば、結構微妙なんだ、、という事実に気付き始めたのがちょうど去年くらいでしょうか。

要は「こうしたらいいんじゃないかな」という程度の助言は、そのほとんどが届かないと。
なんなら、サポートをする程度の力の入れ具合だと、結局何も変わらないということに気づいた、いや、気づかされたのです。

オブラートに包んでいうと、僕がサポートするくらいで良い方向に変化できる人であるならば、実はもともとそんなサポートやディスカッションなんて要らなかったのかもしれないのだと。

逆に、本気で変わりたいと思っているけれど、全く術を持ち合わせていない多くの人に対しては、僕自身がかなりガッツリと手を出さないと、中途半端になってしまい、結果的に大きくマイナスの方に振れさせてしまうのだと・・

ようやく、気付きました。3年もかかってしまった。
大学時代から合わせると、もっと長い期間か。

社会のルールと、ビジネスを知る

これは僕自身のトライアルでもあるのですが、個人的に関わっている人たちの中で、将来成功して欲しいと思っている人たち。

彼らに対して、僕自身がもっとガッツリやらなければならない時もあるのだということで、僕ももう1段階、ギアを入れ替えてやろうと決断した今日この頃です。

念のために書くと、上のような考えは嫌味でもないし、そう聞こえたら申し訳ないけれどそんな他意はないし、僕と関わる人たちを下に見ているとかそういうことでは一切ない。

そうではなくて、人生という時間を共有し、彼らの成功を願っている一員だからこそ、中途半端に口を出すくらいなら(仮にそれを求められていたとしても)そんなことはせず、関わるならとことん突っ込んで行かないと、逆に彼らに対して、そして何よりも僕自身に対して合わせる顔がないのです。

別に変なコンサル屋さんを気取るわけではないのです。そうではなくて、僕がこれまで先輩たちから教わってきた社会のルールや、僕のフィルタを通して見ている世の中の構図、仕組み、ビジネスについて、きちんと。やるなら本気で、目線を合わせながら同期することをしようと、改めて思ったという話です。

僕自身のことを最大限棚に上げて言いますが、20代なんていうのは、まだまだ若造です。なんなら大半が学生の延長線にしか生きていない。
別に各々の人生なので良いのですが、本気で社会に対して先人たちと伍していく覚悟があるのであれば、それに付き合う僕もそれなりの本気で向き合うべきだし、何よりも僕自身がそうしたいと思っていて。

提供できる経験と目線があると思う

これは僕自身がクライアントである経営者や、外部のブレーンの方々、そして人生の師と仰ぐような書籍の数々。
彼らからたくさん教わってきたことなのですが、結局は仕事を通して彼らの経験を共有させてもらい、最大限に目線を上げてもらうことでしか、自分自身の成長の可能性を広げることはできないのだと。

僕自身が道半ばではありますが、時と場合と関係性に応じて、「ゆってぃ=メイン」のフィールドに人を巻き込み、一緒に景色を見ていくという、また違った関わり方もできるよね、ということです。

冒頭の話に戻りますが、僕が誰かの想いややりたいことを直接的にサポートすることも1つですが、場合によっては僕自身の仕事のやり方、スタンスを一緒に見てもらうこともアリなんだよね、ということです。

これは僕が先輩にしてもらったことの恩返しでもあります。

圧倒的な思考訓練をして、目線を同期する。
それこそ1年目の僕はほぼ24時間を毎日、先輩と壁打ちをし続けていたのですから。

その先輩はきっと「俺は別に何もしていない。笑」と言うんだと思いますが、それがまた一興。僕は別の形で恩返しをしなきゃね。

 

「厳しさを伝える」とかそういうかっこ悪いことを言うつもりはないのです。

ただ、一段レイヤーをあげていくよと言うメッセージと、自戒の念も込めて、今日のブログにします。

いつも読んでくださって、ありがとう。