僕にとっての「夢」ってなんだろう?

2019年1月6日大学時代

そうか。今日はその日だったんだ。

SNSをスクロールさせていくと、大学の友人たちの投稿が目に飛び込んでくる。

そのそれぞれが、自分自身の未来の夢を語り合い、刺激し合い、夢と、希望と。そういったものに満ち溢れた1日。

僕は時間感覚が曖昧なまま今日が訪れてきたので、すっかり忘れてしまっていた。

自分自身の”夢”を人前で語る。

己の夢を語り、誰かの夢を聞き、賞賛し、刺激を受ける。

ほんとうに、すごく素敵な場だと思うんです。

今日1日、その場に参加したわけではなかったのだけれども、知り合いの多くが関わっていたりして、きっと素敵なイベントだったんだろうなと。

同世代の大学生として、その場が近くにあること。

その場づくりに関わっている人たちの多くに、運良くめぐり逢えたこと。

たくさんの夢と、生き方に触れさせてもらったこと。

僕が大学時代に経験した、大きな出会いのひとつです。

一方で、僕という人間にとって、人に語れる「夢」はなんですか?と聞かれたら、そんなものはない、としか言えない自分自身がいることに気づかされるんです。

本当に、心の底から思う自分の夢なんてものは、特にこれといったものが思い浮かばない。

思い返せば僕は、昔からそうだった。

小学生の頃から、夢なんてものはなかったし、まあ小学校の頃はまだ聞き分けの良い子どもだったので、何を書いたのかは覚えていないけれど、周りの大人が喜びそうなものを適当に書いたような記憶があります。

進んだ中学と高校でも、学校で書かされる「将来の夢」であったり、よくある「〜〜年後の自分は何をしている?」みたいな、いわゆる「未来計画書」的なものが、嫌で嫌でしょうがなかった。それを書かされる意味すら、まったく理解できなかった。

全部白紙で出して、ないんだからしょうがないでしょ、と先生とお話しあい(要はめちゃくちゃ怒られること)をしたことも、一度や二度ではない。

三者面談の時に親が呼び出されーー僕は中学以降、三者面談にいったことは一度もないのだけれども(三者面談の意味も当時の僕には理解不能で、部活の方が大事だった)ーー、親が担任の先生に怒られたという話も何度かあったんです。

教師が言うには、他の生徒は適当にであっても書いて提出する、ということだったらしい。たとえわからなくても他の生徒は書くんですよ、お母さん。

とまあ、そういった話はどちらでも良いのだけれども、それでもやっぱり僕には、将来の夢とか、なりたい姿とか、そういったものがよくわからないまま、大学に入りました。

本を書くこと、発信者になると言うことは、大学に入る頃には漠然と思い描いていたのだけれど、じゃあそれが人に語れる「私の夢」かというと、そんなことはないと思っていた。そこまで強い願望を抱いているわけでもない。

要は、夢という言葉もその意味も、良くわからないまま、気づけば大学4年の今になっていた、ということです。

大学生として4年が過ぎ去ろうとしている今になっても、その意味がよくわからない。

就職活動でも、十中八九、聞かれるんです。

「将来の夢はなんですか?」「将来は、何がやりたいんですか?」と。

僕は、将来のことは今はわからない。今思っていることはあるけれど、そんなものは数年先には全く違うものになっているはずだから、将来やりたいことは、今は答えられない。

そんな風に答えていました。僕の本音。

一方で、面接ではこうも聞かれます。

「学生時代に、いちばん頑張ってきたことはなんですか?」と。

この質問の意味も、本当に理解できなかった。本音を言うと、今でも良くわかっていません。

ただ僕は、面接でそう聞かれた時には、必ず「今です」と答えていた。

僕が、学生時代で頑張っているのは今なんですと。どれだけ頑張っているのかなんて分からないけれど、少なくとも僕は、今を生きていて。今やっていることは、、

という話をしていました。そう答える以外に、僕が見つけた答えはありませんでした。

多くの人が夢を語る時、きっと将来のなりたい姿とか、やりたいこととか、成し遂げたい夢を語るんです。

「私は将来、これをしたい」と。

一方で、こういう人もいます。

「私はいままで、こういったことを頑張ってきた。だから将来は、こういうことをしたいんだ。それが私の夢です」と。

僕は心の底から、そう言える人がすごいと思う。

皮肉でもなく、嫌な意味でもなく、素直に本当にすごいと思うんです。

今の僕には、今まで何を頑張ってきたのか。将来何をしたいのか。そんなことは、本当に分からないからです。

大学時代、ずっとその何もないように感じられる”何か”に向き合ってきました。

僕の中には、何があるんだろうって。

でも、結局、分からなかったんです。

僕はただ、そのまま、僕である。と言うこと以外には、何も分からなかった。果たして本当に自分のことが分かっているのかと言うと、それもまた微妙な気もしますが。

夢とか、やりたいこととか、僕にとってはそんなものは分からないんです。

ただ、自分にとって大事な人がいて、やりたいことがあって、それができて、普通に暮らせればいい。

普通ってなんだ、と言われればそれは難しいけれど、でも、本当に普通の暮らしでいいんです。僕にとって。

人生において、普通に暮らすと言うことは、そんなに簡単なことではない。まして、普通に暮らし続けると言うことは、それなりに難しくもあるんです。

それは少なくとも今までの人生で大いに知っているつもりです。たった23年の人生ではあるけれど。

何を書いているのかだんだんと分からなくなってきたので、一旦ここでパソコンを閉じます。夜中に文章を書くと、頭がぼうっとしてくる。特にアルコールを飲んだ後はダメですね。

時計は夜中の1時半。明日は大学があった気がする。

たくさんの人の夢が叶うといいな。そうすればきっと、世界はもっと素敵なものになるはず。

おやすみなさい。