コンサルタントとして独立、成功する人の思考習慣

2019年10月27日思うこと, ビジネスパーソン向け

『コンサルになるには、どうしたら良いですか』
というような質問を(特に20代の人たちから)もらうことが多くなってきた。

猫も杓子もコンサルになりたいという時代は2010年代になって加速したと思うが、かなり地位も低迷してきたように思う。というか、名刺に「コンサルタント」と記載して名乗れば、だれでも明日からコンサルタントになれる。

念の為、コンサルティングを実施する人のことをコンサルタントと呼ぶ。

僕の会社の名刺にも「コンサルタント」と記載をされているが、ここだけの話、少しだけかっこ悪いなと思っていた。まあこんなこと社内では言えないんだけれども。

 

今の時代、コンサルのバーゲンセールなんだけれども、だからこそ本物はいつだって際立つ。
ザ・ファームと呼ばれるマッキンゼーやBCGなんかは、やっぱりいつの時代もトップのプライドを感じさせるよね。

いま、コンサル業界のトレンドとしては、風呂敷を広げる方向に行っている。

ようは「戦略」とか「経営改善」とかで勝負するのはしんどくて、総合コンサルと呼ばれるように「なんでもやります」という方向にシフトしているのだ。

業界的には例えば内資系コンサル会社の船井総研やビジネスコンサルタントも、「専門性」×「幅」によって全体を担保しようとしている。

例えば小売業界、物流業界、業務改善、というように各テーマごとのコンサルタントを構えた上で、幅広く部署を揃えて全体を見るというようなことをしている。

 

でも、本来コンサルタントというのは「テーマの専門家」であるべきではないと思う。

経営全般の視点と、特定の業界にとらわれない視座を持ち合わせているからこそ、その道何十年というクライアントに価値を提供できるわけで、逆にいうと「違う視点」ではなく「専門性」で勝負している時点で、賞味期限があるということ。

個人で活躍するコンサル出身の人なんかはやっぱりテーマの専門性ではなくて、それ以外の部分で自分が魅力的な場所を見出している。
独自のビジネスモデルというのは考えればポンと出てくるのではなく、いつだって難産なのだ。

僕の先輩で今年(2019年3月)に会社を辞めて独立をした人で、僕のビジネスの基礎を作ってくれた人がいる。

彼は京大法学部→商社→メーカー→コンサルと経験をして独立をしたのだけれども、一見するとこの経歴からどんなものをイメージするだろうか?

法律を生かしたコンサル?商社・メーカーだからモノづくり・・?

もちろん答えはどちらも違くて、モノづくりに詳しい人だとかビジネス法律に詳しいコンサルなんてこの世にごまんといるわけだけれども、彼はそんなレッドオーシャンの領域で勝負なんてしていないのだ。

替えがきかない部分で自分の立ち位置を取っていて、それは卒業時にある程度見えていて、実際にトライアンドエラーをして見る中で「やっぱりこれだ」と見つけたものだろう。(と思う)

彼の企業秘密なのでここで裏側を書くわけにはいかないけれど、少なくとも「コンサルになりたい!」と思っている人にとっては、いいヒントになるのではないだろうか。(微妙かな?)

会社の看板を外した時に、「あなたに」会ってくれる人がどれだけいるか?

会社の看板が大きくなればなるほど、人はみなその看板の影響力の大きさに酔いしれる。知らず識らずのうちに、というところが怖いところ。

ネームバリューは諸刃の刃で、独立するまでは大きな武器になるが、コンサルタントとして自分の力で勝負しようと思った時には、その大きさが手枷になるのだ。

あなたがいま、会社員ならば、その会社の名刺を置いて、今の付き合いの中で「所属のないあなた」に会ってくる人がどのくらいいるだろうか?

「〇〇商事の鈴木です」と言っていたところを「鈴木です」というと「どちらの鈴木さんですか?」と言われる。
「元・◯◯商事の鈴木です」と言って会ってくれる人が1人でもいるだろうか。

1人でもいるなら御の字、2人以上いるならば、あなたはとても幸せだ。
そしてその幸せは何よりもあなた自身がいま、会社の看板ではなく自分自身の名前で丁寧に仕事をしているからに他ならない。

会社の看板 < あなたの名前

ということだ。それ以上の喜びは存在しないと思う。

僕は独立をしていった先輩を見て(彼だけじゃない、今まで何人もの独立者を見てきた)、「あ!独立されたんですね、ぜひまた話しましょう」といってもらえる人の凄さというのを痛感した。

これを会社員の時に学ぶことができたのは、僕のサラリーマン人生における最大の収穫だと思う。

逆にいうと、失敗する人の共通項はいつだって一つ。

会社の看板 > あなたの名前

会社のブランドにすがって仕事をしている時点で、独立することなんて考えてはいけない。年収が3分の1になるなんてまっぴら嘘で、10分の1でご臨終。半年後には再就職を真剣に考えるようになっているのだから。

 

遊びも、他の業界の常識も、知恵に昇華する

コンサルだけに限った話ではないけれど、仕事が途切れない人というのは概して人としての魅力があり、半永久的なスパイラルになる。

例えば土日に子どもとテーマパークに行ったとしよう。
あるいはホテルのラウンジでご飯を食べ、コーヒーを飲んだ。
友人たちと、夜の街で遊んだ。

それらの経験はいうなればただの消費だけれど、その体験を知恵に昇華させれば、あらゆることに通ずる価値体験になる。

例えば僕がいまあらゆる業種業界のビジネスに触れさせてもらっているのは、実はその一つ一つが横断的な僕の価値になるからだ。

モノづくりの企業にとってはIT業界やサービス業界のビジネスなど、異次元の話なのだ。
でも、だから必要ないということではなくて、むしろ広い目で見たうえで、自分たちの業界と何が違うのか?という「差」を取り込むことができた企業は変化をし続けながら生き残っていくことができる。

そして僕がやっている外部のパートナーのような仕事というのは、いろんな体験を知恵に昇華させ、お金に変えていくという視点を持つべきなのだ。

間違ってもその道何十年の人たちと知識で勝負したり、専門性で勝負したりすべきではない。

「〇〇の専門性(スキル)」で勝負しようという発想自体が、消費される側の発想であり、普通は10年以内に賞味期限が来てしまう。

 

僕の大学時代の恩師が、大学1年生の僕に向かって個室の研究室で

「ゆってぃくん、リベラルアーツ(教養)を幅広く学びなさい。
社会に出て、後になればなるほど効いてくる。その意味はいずれ分かる」

と言ってくれた言葉の意味が、今ならよくわかります。

日々の気づきを一つずつでもいいからメモしよう

じゃあ、どうすればいい?と思う人もいるだろうから、僕から超・具体的で明日からできるアドバイスを一つ。アドバイスというか提案だけれど。

どこかに足を運んだり、誰かと会って話をしたりするたびに、1つでいいから、何かしらの「気づき」をメモしよう。

メモするのはお気に入りのメモ帳でも手帳でもいいし、スマホでもいい。なんなら、Twitterで呟いてもいい。

営業マンで1日3訪問する人は、3つの街や企業で。
1日3人に会えば、3つの気づきができるはず。

平日だけで15個の気づきが、あなたの中に溜まっていく。

それを蓄積し続けるだけでいい。できればSNSやブログなんかで言葉にするとなお良し。

それだけで、世界の見え方が変わってくるはずだ。

言語化するというのは素晴らしい魔法で、人は言葉にしてみたことでしか考えれないし、気づきも学びも得られないようになっているのだ。

1年続けるだけで、あなたが見える景色が変わり、生きる世界が変わることを約束する。

人は言葉にする側になることで、世の中を当事者として生きられる。

 

<追伸>
気づきの蓄積が増えてきて世界が変わったら、次の扉は自分で見つけられるはず。
共に咲こうぜ。