異性は、好きになって、愛する。同性は、惚れる。
僕の先輩で、ものすごく、それはもうものすごく、生き様が素敵な人がいます。
その人はまだ20代。
今の僕と、さほど年齢が変わらないのに、どうしてこれほどまでに、幾重にも人生を繰り返してきたような重みを背負っているのだろう、と。
その人の何がすごいって。
その人は、「誰でも、平等に愛することができる」人なんです。
周りにいる人、みんなを平等に愛する。
言葉では簡単に言えるけれど、それはとても難しいこと。
最初にその先輩の人生に興味を持った、きっかけでもありました。
彼の人生。
それはもう壮絶で。
必要な時期に、愛情を感じられなかったり。
大切な人に裏切られ、周りの人に裏切られ。
「人」に対して、これほどまでにないくらいのどん底を感じさせられて、もうこれ以上はないと言うほど人間不信になってもおかしくないような経験をして。
それでもなお、人を信じようと決めた。
その生き様が、僕の目には、ものすごくカッコよく映るんですね。
同性なのに、惚れるというか。
異性は、好きになって、愛する。同性は、惚れる。
よく、「俺は彼女に惚れたんだ」という言葉を耳にします。
僕の中では、ちょっと違うな、と思っていて。
やっぱり男性は女性を好きになって、愛するものだと僕は思います。
本当の意味で、”惚れる”ことができるのは、やっぱり同性です。
男性に惚れられるのは男性で、女性に惚れられるのは女性なんです。
何に惚れるって、その生き方に惚れるわけです。
30歳なら30年間の、40歳なら40年間の、その人に今までの生き様に、惚れる。
20代の若いうちに、惚れるような同性に出会う事ができた人は、本当に幸せだと思います。それだけで、財産ですから。
例えば、僕は大学時代というのは、「この人には勝てない!」と思うような人に出会う時期だと思っているのですが、ある意味ではそれが惚れるということです。
それが人生の先輩であれば「師匠」になるわけで、同世代ならば「ライバルに惚れる」ことになるわけで。
同性の誰かに惚れる事ができる人は、2つの条件を兼ねている人です。
1つは、自分自身が大きな挫折経験をしていて、人の心の痛みがわかる人。
もう1つは、自分自身が誰かに惚れられるほど魅力的であり、かつ成長し続けている人である、とうことです。
常に素直さと謙虚さを持ち続ける。そんな人でありたいですね。
大学時代に、そんな人に出会う事ができた僕は、本当に出会いに恵まれています。
出会いに感謝。ありがとう。