いまの学校の成績より、机に向かうという習慣で差がつく

2019年1月8日学生時代, 大学時代

AbemaTVで橋下徹さんの「BAR橋下」という番組があって、そこに乙武洋匡さんをゲストに招いて議論をするという回がありました。

いまの教育体制がどうこうという議論は、散々ネットなどで討論されているので、ちょっと違う角度で物事を考えてみたいと思います。

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こういう議論をする上で「論点の中心」となるのは、議論者たちの過去の体験からくる主張です。

もちろん前提として、時流の流れを踏まえた上での提言なのです。

たとえば、「私は前、こういう授業を受けていたけれど、実際に社会に出てからは何の役にも立たないじゃないか」という主張があって、あるいは「あのときのこの授業が、社会に出てこう役に立っている」という主張があっているわけです。

 

僕が大学に入って感じたことなのですが、「高校時代にもっと勉強しておけばよかった・・」という人がいる。

そして社会人になると、「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」という人がいます。

本音だと思うのです。でも、そう言っている限り、永遠に勉強はできない。

勉強しておけばよかった!と本気で思うのならば、今からでも勉強を始めれば良いのです。

そういう人に限って「いやあ、自分は歳だから」とか「いまは時間がないから」というのです。ホントかよ、と言いたい。

人生で一番若いのは、「いま、この瞬間」です。
勉強をやり始めるのに手遅れということはないのだと思うのです。

学生時代に身につけておくべきは、勉強のやり方はもちろんそうですが、その瞬間の成績の一喜一憂ではない。

学生時代に身につけておかなければならないのは、勉強に対する覚悟です。
学び続けるという人生のスタンスなのです。

勉強をするという覚悟が身についているのであれば、社会に出てからいくらでも学ぶことができる。

若い頃にどれだけ机に向かう習慣があったかで、その先の角度が大きく決まってくるのです。