「損得」よりも「共感」が価値をもつ時代になる

2020年1月10日思うこと

この2日間くらい、体調が悪く・・(風邪ではなく「気味」だったので気をつけます)
昨日1月8日は、カルロスゴーン氏のレバノンからの会見を、AbemaTVで流しながら家に帰ってバタンキューでした。

そういえば僕のオフィスで隣の先輩がインフルエンザだということで体調を崩していて・・みなさん、絶賛インフル&風邪が流行っています。お気をつけて。

ほぼ日を毎日見るのが僕の習慣なのですが、「今日のダーリン」で今日の糸井重里さんの言葉がよかったので。

<損得を考えることが、人生の50%を超えたらダメだよね>

と。

例えば、「美味しい」とか「楽しい」とか、僕らが日頃感じるいろいろな感情は、損得抜きにそう思うわけで、「個人」の営みなんです。

でも、それを誰かに「なんらかの目的を持って」共有したりすると、それはもう「個人の問題」ではなくなるよね、というはなし。

特に資本主義の中で生きる僕らは、すぐにビジネス的に考えてしまったりする。(ちょっと反省…)

それが良い悪いではないのだけれど、「個人としての営み」を考えた時には【損得】が半分以下になるようにしたいよね、と。そういうことを書いていて、すごく共感するなあと思ったのです。

面白いことを一つ思い出しました。

高校生くらいからできるであろう戦略的なボードゲームを、いろんな年齢層の人たちに向けて実施したことがあります。

内容としては、1チーム4〜5人で、いくつかのチームに分かれて、大きな目的に向かってゲームのルールに従ってプレイをするという体験型のボードゲーム。

大学生や20代の若手社員の人たち(通称:若手グループ)に向けて実施するのと、40代以降の人たちなどをメインの対象(通称:大人グループ)として実施したのでは、全く違う結果になったのです。

駆け引きや交渉という要素も一部含まれているので、事前の予想としては、大人グループがうまくやると思いきや、実は正反対で、若手グループの方が遥かに良い結果をもたらしました。

その背景にあったのが、実は【協力】という概念。

実はこのゲーム、最初から明かしはしないのですが、自然と対立構造を生むようになっているため、大人グループの人たちはゲームが始まった瞬間から「いかに自分たちのチームが得をするか」「他のチームを出し抜くか」ということを考えていました。

一方、若手グループは「あれ?実は他のチームと協力すれば、全体の目的にうまくそうんじゃね?」と気づく人たちもいて、全体としては大人グループよりも良い結果になったのです。

 

これから何が言えるかというと、大人って、やっぱり無意識的に「損得」を考えちゃっている。だって、何年も、何十年も「社会では損得が大事」と意識的にも無意識的にも、植え付けられている。

だから、実は協力したらみんながハッピーという場面でも、つい自分たちの利益の最大化を優先してしまう。

ここで「自分たち」といっても、ついさっき出会った見知らぬ他人だったりするわけだから、いかに大人たちが社会ゲームの中で生きているのかということが伺えるわけです。

これからは共感の時代

いつも書いているテイストとは少し変えた内容を書きますが、これからの時代は「損得」以上に「共感」や「物語性」に価値が置かれる時代になっていきます。

損得はもちろん大事だけれど、個人としての体験や感覚がより重要になってくる。

なぜならば、モノに価値がなくなり、企業という形態が変わることで出世の定義が変わり、生き方や働き方がどんどんと多様化していく中で、「これが正解で価値が高い」「あれは間違っていて価値が低い」という判断ではなく、「私はこういうものが好き!」「私はそれに共感する!」という感覚の方がもっと重要な時代になるからです。

もちろん、資本原理の世の中で生きていることに変わりはないので、ビジネス感覚や損得勘定は以前必要なままです。

でも、100%の損得勘定という時代ではなくなったことは確かなわけで、半分は損得勘定でも、半分は「個人の感情」を持つようにありたいですね。

これからは物語と、それに共感することが人々の喜びになる。

繋がることで幸せになるという、僕ら人間の本質的な生き方に戻っていくのですね。

 

楽しみです。いつも読んでくださって、ありがとう。