10年間の書き溜めの先に 〜継続は力なり〜

2019年10月27日書くということ

僕が高校生時代からの大ファンである千田琢哉さんのブログに書いてあったことですが、千田さんは毎日ブログを書き綴りながら、1話ずつ公開しているらしい。

特に彼がまだ売れない時代、サラリーマン時代からブログを綴っていて、ブログを書き綴ることが彼の鬱憤を晴らすことだった。

彼の人生の中から上澄みをストックして、日々1話ずつ公開しながら、同時にブログをストックすることを続けていたとのこと。

加えて僕にとって衝撃だったのが、ピーク時は7年先までブログを書き溜めていたとのことで、それはもう恐ろしいくらいの継続力と、怨念だなと思わされます。

怨念というのは、売れない時代の怨念。

本を出したいけど、出せなくて、まだ売れていないそんな時代に、どれだけボツ原稿を書き溜めることができるか。

きっと彼も、すごく悶々としながら、同時にすごくワクワクしながら毎日ブログを書き綴っていたのだと思います。

そして売れた後というのは、そのボツ原稿が全て書籍となって、この世に出てくる。

売れる前に、どれだけの人生の蓄積があるのか。売れるまでの10年間で、どれだけのボツ原稿にエネルギーを注ぐことができるか、ということが問われるんだと思っています。

 

中谷彰宏さんもそう。

今では1000冊を超える著書を執筆しているけれど、中谷彰宏さんも10年間の蓄積と怨念があって、著者デビューしている。

千田琢哉さんは、中谷彰宏さんの影響を受けています。

僕も千田本の影響を影響を受けている。もちろん中谷本もそう。

僕も10年後、こうして日々ブログを書いていることが、ものすごい財産になるだろうなと思っていて、その楽しみと、毎日書かずにはいられない悶々とした気持ちを抱えながら、これからも日々、文章を書いてありたいと思います。

ありがとう。

 

<追伸>
それにしても、7年後までブログのストックがあるというのはすごい。。
僕も毎日少しずつブログを書き溜めていますが、7年間ないし10年間それを継するというのは、簡単なことではない。それは実際に毎日言葉を書いている人が身を持って知っています。感謝。

<追伸の追伸>
一方で、10年という期間書き続けたくらいでは、書きたいこと、伝えたいこと、僕の内側から溢れてくるものを書き終えることなんてできない。そんな気もしています。
僕が10代の頃から言葉を書いていて、同時にブログを綴り始めて、もう5〜6年くらい経っているはずですが、まだまだ溢れてきます。この気持ちはなんだろう。

これからも淡々と、書き続けていきますね。

 

<追伸の追伸の追伸>
最近気づかされたことですが、僕の「本を書く」という夢のベースにあるのは、「発信者になりたい」という思いです。それをいつの間にか、忘れていました。忘れていたというよりは、、

「発信する」ということを僕はずっと思っていたのだけれど、いろんな人の、いろんな問いに対する答えを探しているうちに、本を書きたいと言うようになっていた。そしてある種、逆にその夢に縛られるという、自己矛盾を引き起こしている部分もあって。

もちろん、本は書きます。
でも、そのベースにある「発信者になりたい」という想いは、忘れずにありたい。

「書く」という喜びも、誰かに何かを伝えたいと言う想いも、持ち続けた先に、僕の次にステージがあるんだと確信しています。ありがとう。